魂の経営:富士フイルムの事業転換
私は、「企業の突然死」に関心があります。企業の突然死には、コンプライアンスなど社内に原因があるものと、ビジネス環境の変化など社外に原因があるものがあります。社外の原因の代表的なものとして、技術の変化があります。近年は、デジタル技術の進化により既存市場が大きく縮小するケースがあり、デジタルカメラの普及による写真フィルム市場の縮小は、その代表例です。この変化により、イーストマン・コダック社は、米国連邦破産法の適用を申請するに至っています。
一方、この変化を乗り切ったのが富士フイルムです。事業構造を大きく変え、新しい企業として生まれ変わっています。この構造変革をリードした古森CEOの「魂の経営」を読んで印象に残ったことを示します。
富士フイルムは、デジタル化による写真市場の変化が視野にはいってきたとき、?デジタル技術の自社開発、?アナログ写真技術の進化による差別化、?新規事業の開発の3つの戦略でデジタル化に備えました。しかし、デジタル化が進まず写真フィルム市場が世界的に伸びる中、一旦、新規事業への投資はストップしてしまいます。
その後、デジタル化が急速に進み、写真フィルム市場が急速に縮小しはじめたときに社長に就任した古森氏は、現実を直視し、事業構造改革を進めました。会社の改革を進めるにあたって古森氏が真っ先に考えたのは、「富士フイルムという会社を、21世紀を通してリーディングカンパニーとして生き続けさせる」ということです。そして、決意を持ってリストラを進めるとともに、新規事業への投資を行いました。
新規事業は、富士フイルムがこれまで育ててきた技術を棚卸し、ニーズとつき合わせて、「勝ち続けられる事業」を選びました。富士フイルムの基盤・基礎技術力を生かして、「勝てる」だけでなく「勝ち続けられる」ものを選んだのです。そして、M&Aを積極的に活用し、大胆に投資しました。デジタルカメラ、監視カメラや携帯電話用レンズ、デジタル印刷用機材、液晶パネルの生産に欠かせない偏光板保護フィルム、医療用画像診断用機器などに加え、機能性化粧品や医薬品事業にも進出しています。
一方で、企業が危機的状況にあるにもかかわらず、写真文化を守り続けるため、写真事業を継続することにコミットしています。写真は、人間の思い出を記録でき、過去の体験やそのときに感じた気持ちを再体験できるモニュメントであり、人間にとって極めて重要な文化である。その写真文化を守りことは富士フイルムの使命であり、儲かる、儲からない、の話ではないとしています。この姿勢は、東日本大震災における「写真救済プロジェクト」にもあらわれています。
古森氏が危機的な状況において、富士フイルムをリストラで存続させるだけでなく、21世紀のリーディングカンパニーとして存続させようと、長期的な投資も行い、さらには、写真文化を守ることまで考え経営していくことができたのは、真摯に会社にことを考えていたからです。古森氏は、「経営者には、20年、30年、もっと先のことを考えて、会社を生き残らせる責任がある。」という考えの持ち主です。そして、会社生活を通じて、「会社のために何ができるか」「どうしたら会社にとって一番いいのか」ということを考え続けていたそうです。前社長は古森氏について、「彼は陰日向なく、いつも会社のことを考えている」「会社のことをいつも考えて、行動している人間だ」と評価していたそうです。
古森氏のような会社人間は、企業のトップには最適です。最近は、そうした会社人間は減ってきているように思いますが、代わりに、「目的」に対して真摯な人間が登場しているように思います。社会問題を解決するなどの目的を実現するために真摯に行動する。そうした人々が、企業、政府、市民組織の一員または個人として協力して問題解決に取り組む社会が訪れつつあるように思います。そうした社会においては、CSVは有用なコンセプトでしょう。
(参考)
「魂の経営」古森重隆著(東洋経済新報社、2013年)